或る生活

ライフログ的なもの

シンエヴァ備忘録

※ネタバレ注意

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版を観た。

忘れないうちに色々メモしておこうと思う。なので多分感想というより備忘録。

 

公開からまだそう日が経っていないこともありいくつかのスクリーンで日に何度も上映されていた。地元の映画館にはIMAXとか4Dとかの立派な設備はないので、せめて一番大きいスクリーンで観ようと思って病院終わりにお昼を食べたり買い物をしたりして時間を合わせて劇場に向かった。

劇場に向かう途中でエヴァのパンフレットを片手に半ば放心状態のようになっていた40代くらいのおじさんとすれ違ったのが印象深かった。

 

予想外の人の多さに驚きながら、これみんなエヴァ観に来た人なのかなと思いながら券売機に並んだが、席は意外とガラガラで(流石平日昼間の田舎の映画館)、でも普段はそこまで埋まっていないプレミアムシートが売り切れていたので、それだけ「本気」の人が多いということなんだろうなと感慨深かった(し、実際に劇場に入るとプレミアムシートに座っていたのがほぼ40〜50代のおじさんたちだったので、なんだか「歴史」の目撃者になった気分になった)。

 

お知らせと予告編に続けて上映開始で、これまでの新劇場版のダイジェストなどもありつつ、本編が始まって、そして終わった。

本編が終わり、それまでは何ともなかったのにエンドロールが始まった瞬間に泣いた。理由は多分「置き去りにされた」気がして淋しかったから。「庵野秀明が“人間”になっちゃった」とか言いながら笑い泣きしていた気がする。ここでいう「人間」というのはつまり「マジョリティーに属する大人」のことで、私などは一生メンタルが子供なままのマイノリティーなので(…)、だからこそ今までのエヴァ(新劇場版)(とくにQ)のカオスに縋っていたようなところがあるのに、ここにきて急に「登場人物たちも製作者たちももう大人になりましたので」と突き放された感があり、そしてなんならその先まで深読みして「あなたたちもいつまでも空虚な妄想にしがみついてないで現実に戻っておいで」とまで言われているような気がして泣いてしまったのだと思う。

だって今まで散々やったりとったり、しんだり殺したりしていた人たちが、ちょっと「人間らしい生活」に触れただけで次々と「成仏」していった。

シンジくんも「大人」になって、対話で「家族」との問題を全て解決した。

私がン十年生きてきて未だにできないことを数時間の間に全部やってのけてしまったシンジくん。そりゃもう置いていかれた気にもなるよ…。ペンペンすら家族?仲間?を得て暮らしていたし…。

 

アスカちゃんがシンジくんに言った台詞に出てきた「死にたくないし生きたくない」はほんとに私が毎晩布団のなかで泣きながらつぶやいている言葉そのまんまだし、「うざい」もそんな私を見て母が言う言葉まんまだし、死にたくないし生きたくないと思いながらも腹は減るから食事を差し出されれば泣きながら食べてしまう、そんなシンジくんにめちゃくちゃ自分を重ねていたのに、「綾波」が消え、「大人」になったかつての同級生の態度や言葉に触れ、あんなに狂った世界でも「人間」の生活が在ることを見ているうちに、いつの間にかなんかもう吹っ切れている。大人の階段のぼっている。

この時点でもう、えっちょっと待って待ってシンジくんもうちょっとうだうだ悩んだりしようよ…と大人げない私は思ってしまった。いま思えばこれも作者の思うツボなんじゃないだろうか。

 

私はエヴァ(アニメ)は現役世代ではなくてアニメの頃はまだ幼児だったのであの異様な(…)最終回くらいしか記憶にないのだがそれでも90年代後半〜00年代のアニメはそれなりに観ていた(つもりな)ので、今回の、言うなれば「マリルートのトゥルーエンド」的オチは全く新鮮な感じがせず、言ってしまえば陳腐とか使い古された手法という感じがしたんだけどそれは私が90年代・00年代を知っているからで、もしかしたら今の若い人がああいうオチを観たら目新しく感じるのだろうか…?と思ったし、出てくる風景とか音楽はわりと昭和なので昭和世代の人が観たらまた違う印象を受けるのだろうかとも思った(今回がエヴァ初見の母は吉田拓郎に驚いていた)。

 

私みたいにシンジくんに自己投影してしまう人もいれば他のキャラクターに共感する人もいるだろうし全然違う視点で観ている人もいるだろうし、ほんとうに100人いたら全く異なる100通りの感想が聞けそうなのが凄いなと思う。

それに、新鮮さがない=定石=スタンダードを選べる(大人になった)作者、という感じでやっぱり「そろそろ目を覚ませ」と言われているような気がする(ここまで来ると被害妄想…?)。

 

精神世界(?)での親子喧嘩、スタジオっぽい背景に描かれた空を見てぶわっとトゥルーマンショーが脳裏を過ったし、特撮っぽいカメラアングルの戦闘シーンとか、塊魂ばりにスルスル動く箱だけのビル群とか、古い電車での語らいとか、メタ表現としての絵コンテまんま載せとか、愛した女のために世界ごとやり直すことを躊躇わない独り善がりおじさんの長い自分語りとか、ラスボスの正体は実の父親だとか、有象無象が集まって巨大人間を生成したりとか、槍心中とか、母の愛とか、ラスボスカップル結ばれて滅びるとか、海とか、ラストは実写だとか、なんというかほんとうにおせち料理みたいだったな。これだけやったからにはもうまじで「終わり」なんだなと思い知らされたというか…。

 

加持リョウジ(父)がノアの方舟みたいなことしようとしてたのもそれをなんやかんや言いながらミサトさんが引き継いでるのにもふええ…となった…。言うなれば主ポジが加持リョウジでノアポジがミサトさんなんだろうか?そして種子の保存ユニット(?)の展開後のデザインがたんぽぽの綿毛風なのにはウワーーーーとなった、種だけにね(?)…!という感動と、あと鑑賞後に気になって調べたら、たんぽぽの綿毛の花言葉は「別れ」「別離」らしくてもう、ほんとにもう…。

イカの種の箱だけぎりぎりまで自分の傍に置いておくミサトさんよ…。

 

ミサトさんといえば、爆散する直前、髪を下ろして我々の見慣れた姿に戻ってくれたミサトさん、これは彼女なりの(作者なりの…?)最期のサービスサービスぅ!なんだろうな…と切なくなった。

というかここにきてあんな立派な息子出してくるのずるくない…?しかも名前が父親と同じ…?一生(意味深)会わない…?CV内山昂輝…?

 

今やプリキュアでさえ「自分がいやだと思ったことはやらなくてもいい」という方向性を日曜の朝っぱらから示してくれ、進撃の巨人などでは「大切な人を理不尽に奪われた恨みは対話などでは消えない」という現実を広く示してくれている時代に、シンエヴァではふつうに皆さんやりたくないであろうことを受け入れていたし、大切な人を奪われた恨みは会話のなかでなんとなく折り合いがついていた。そういうちょっと前時代的な面をそのまま描くことにより「90年代」にケリをつけた感がより強まっている気がした。エヴァはもうあの閉じた世界のままでほんとうに終わってしまったのだなあと。

 

現代に生きるシンジくんが急に神木隆之介になっていたのには心底驚いたし「なんで?!(神木くんよくこのお仕事受けたな…?!)(鋼の心臓か…?!)(失礼)」と思ったものだが、逆に(?)「神木隆之介碇シンジだった」ということが判明したわけなので(?)、これから先、神木くんのご活躍を見る度に「シンジくんこっちでも元気そうに生きていて何より…」と思える喜びはある(???)(そんな矢先神木くんが仲間と会社を立ち上げて独立されたとかって話がニュースになっていたのを見、逞しくて素晴らしいなと思った)。

 

細かいことだけどシンジくんの記憶の中の風景で90年代っぽい画質(?)だったシーンがあった気がして、ほんとに色々こだわってるんだろうな、やりたいことをやれるだけやり尽くしてるんだろうなと改めて思った。クレジットに「アナログ撮影」のスタッフさんの名前があったので、そのシーンだけわざわざセル画を撮影したんだろうか…。

あと「セリフ演出」というのは具体的にどういう人が何をしてるんだろうか。響きからして既にかっこいい。

 

本編の内容も然り、エンドロールで流れていくスタッフさんたちの名前を眺めていても「これだけの人間が集まればこれだけのことができる(これだけのものが作れる)のか」という、人間はやはり人間と関わって生きていくものなんだというメッセージみたいなものを感じてつらくなった。

いつも思うことではあるけどアニメづくりってほんとに凄いよなと、めちゃくちゃ壮大な共同作業。やること挙げれば気が遠くなりそうだけど、人間が集まればなんとかやれちゃうんだよという。そしてお互いが影響し合って作品の世界観すら変化するんだよという…。人間って面白(リューク)…。

 

以下もっと簡単な覚書を箇条書きで。また後々思い出したことなどがあれば追記するかも。

  • エ、エッフェル塔〜〜〜〜!
  • 相変わらず人間業じゃない映像、全体的に
  • トトロとかシュガルンとかオチビサンの主張がつよすぎて笑った。思えばわりと序盤からあの世界はじわじわと「こちら側」に侵食されていたのかもしれない…?
  • アニメ史に残りそうなレベルで尻アニメだった。尻の描写に並々ならぬ情熱を感じた。なんかとにかく凄かった。
  • シュワキマセリ〜♪
  • ちらっと映る電車の車両番号までしっかり見せてくる鉄ヲタ
  • 鷺巣詩郎さんがツイッターにパリで撮り鉄してる庵野さんのお写真などを上げてくださっていてよい
  • 画面に何かしら数字が映る度にその意味を考えてしまうオタク…
  • スーパー立木(ではない)タイム
  • 汗水垂らして働く、共同体で働いて生きる、、、、(いちいちダメージを受けるヒキオタニート
  • 「制作」と「製作」の違い
  • シンカリオン

 

もう鑑賞から1週間ほど経ったのでそろそろ冷静になれてるかなと思ったけどこうやって思い出してブログ書きながらまた泣いてる。世のエヴァファンはこれを機会に成仏したとか卒業したとかっていう穏やかな(?)話を結構目にするけど私はこれからいったいどこの「大人(マジョリティー属健康人間)になりきれない大人が作った夢の世界」に縋っていけばいいんだろう。もしくははやく大人になりたい。愛は是/孤独は非という価値観を素直に受け入れられたらイコール大人になれたことになるのか。